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流産したことを4年経って振り返って書いてみた

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流産した話を書こうと思う。
当時はとんでもなくつらくて、どうしたらこの悲しい気持ちから抜け出ることができるかもわからなかった。
溺れてるみたいだった。
それでも、年月が経つとこうして振り返ることができる。

*

「心拍が確認できません」
妊娠が確認できてからの定期検診。
なにかの用事で一週間遅らせた際の診察で、医師にそう言われた。
夫も隣にいた。
それってどういうことですか?と聞いたら、赤ちゃんが育っていないかも、ということだった。
「まだ初期なのではっきりしたことは言えませんが、また来週来てください」と言われた。
ただ事ではない雰囲気。その時に流産についての可能性も告げられた。
医師への挨拶もそこそこに診察室を出て、愕然とした。
待合室には、幸せそう(に見える)お腹の大きな妊婦ばかり。
え?うそでしょ。
結婚4年目でやっと授かったと思ったのに。ダメになっちゃうの?
すわって会計を待つ間、涙が止まらなかった。

*

産婦人科にはバスで通っていた。
バスでもずっと声を殺して泣いていた。
隣の夫は、ずっと無言で手を握っていてくれていた。
どやどやと制服姿の高校生がバスに乗り込んでくるのを、どこか遠い風景のように感じていた。たぶん、というか涙をぬぐいもせずにずっと泣いていたわたしは異様に見えたことだろう。
妊娠したことはうれしかったけれど、身体を熱っぽく感じたり、そういった身体の変化をいとわしく感じたことは事実だった。
頼んだメニューのパスタにイクラがトッピングされていた時には「ナマモノは食べちゃだめなんだっけ」とよけて食べた。そういった制約がこれから一年近く続くのかとうんざりした。
そう感じたことへの罰だろうか。
とりとめもなくそんなことを考えて、自分を責め続けた。
家に帰ってからは、藁にもすがるようにスマホで「流産」と言われても出産ができた人の体験談ばかりを検索して読みあさった。
自分にとって心地よいことしか聞きたくなかった。
ずっとしまい込んでいたタロットカードを引っ張り出して、自分にいい結果がでるまでカードを切り続けた。
ぜんぜん、言われたことを受け入れられなかった。

*

結局のところ、次の診察を待たずに流産した。
朝方だった。
激痛がお腹に走って、飛び起きた。
出血していた。
タクシーを呼んで、かかりつけの産婦人科に直行した。
そうして、流産した。
そのままベルトコンベアーにのせられたように、中に残ったものをかきだす手術をした。
麻酔のききはすばらしく、気づいたら手術は終わっていてカーテンで仕切られたベッドに横たわっていた。
身体は動かなかったけれど、耳はよく聞こえていた。
すぐそこの手術室では赤ちゃんが生まれた瞬間だったようで、誕生の産声が絶え間なく響いていた。
その間、ずっと涙が止まらなかった。

*

職場には、メールをして一週間休んだ。
実家から母が来てくれて、家のことをあれこれしてもらった。
わたしはベッドから動かず、ずっとスマホで音ゲーをしていた。
もう歌詞を正確には覚えてないけれど、「時間が傷を癒してくれる」みたいな歌詞をずっと鼻歌で歌っていた。
そうしないと、ぜんぶがバラバラになってしまいそうだった。

*

その後、わたしは自宅近くの職場に転職をして、その二年後に女の子を出産した。
今やその娘も二歳になり、日々忙しく育児と仕事を両立している。

*

流産の話って、難しい。
暗い話題なので、よっぽど親しい友人にしかこのことは話さなかったけれど、独身の友達にしたら、きっと想像外のことだろうし、かなり困惑しただろうと思う。
話すことで、ただ自分が楽になりたかっただけなのだけれど。
当時、こうして書くことができれば、もっと気持ちを切り替えることが早くできたのかなぁとも思った。
でも無理か。
四年経っても、こうして思い出して書いてるだけで涙が止まらないしなぁ。

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